合気道

合気道している人が川崎事件に思う、「やっぱり今の日本ってなんか変だよな〜」って話

 

 

 川崎の事件は…社会の叫びのように聞こえた

5月28日(火)

痛々しい事件がおきてしまいましたね

news.yahoo.co.jp

被害者は怖かったろう

周りの人も怖かったろう

加害者も辛かったのかな?

…しかし「一人で逝くべき」というのは

少々他人事すぎだと思いますね

「え?その言葉は誰のために言う言葉?」となる

根本的な解決ってなんだろ?

って所を無視して適当な事を言っているようにしか思えない

「だったらオマエが考えろよ?」

…と言われようものなら

「自分の事しか考えていないのですね」としか言えません

 

Yahooニュースの記事に凄く共感できる言葉があったので

引用させていただきます

まず緊急で記事を配信している理由は、これらの言説をネット上で流布しないでいただきたいからだ。

次の凶行を生まないためでもある。

 

秋葉原無差別殺傷事件など過去の事件でも、被告が述べるのは「社会に対する怨恨」「幸せそうな人々への怨恨」である。

要するに、何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している場合がある。

 

類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している。

引用:

川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい(藤田孝典) – 個人 – Yahoo!ニュース

 

SNSにでも…

「助けて!」と言ってもいいんじゃないかな〜と思う

中々リアルな人間関係で言えない人いると思う

いやね、加害者は悪いよ?悪いんだけどさ

事件は結果で原因は深い所にあるとおもうのよね

仕事が辛かったり

家族とうまくいっていなかったり

なんとなく生きててつまらなかったり

なーーーんかおかしいよな〜って事

再度、被害者に合われた方の1日でも早い心の回復を祈ります

合気道している僕が思う事

護身術を学校の授業の義務教育に入れてもいいのでは?

この一言につきます

あとあれね、幸せってなに?みたいな事

(宗教とか祈っているだけで幸せになる魔法じゃなく)

必ず自分の命、他人の命を守れるものではないけど

怪我する人とか減る可能性が多少はあがるんじゃないかな?

 

護身術は体術だけではなく

人と人の摩擦が生まれ膨れすぎない距離感を

保ち合い助け合う

ゆるくてふわっと生きる術も

護身術の一部じゃないかな?

 

終わり

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