思う事・日記

トウマのプロフィール+経歴

1990年生まれ埼玉県出身。

ザックリ僕の経験してきた事

  • 4歳から合気道の道場へ(現在進行形)
  • リラクゼーションセラピストを経験
  • 児童発達支援員

2021年からwebライターを始めました。
仕事依頼は問い合わせホームにて受け付けています。

実績

ブログのテーマ:「健康に楽しく生きる人へ向けた情報」
【2021年】月間平均閲覧数:3000PV

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これまでの物語

学生時代

小学

勉強・運動が苦手でクラスで1人だけ2学年下の問題を解いていた。
小学校1年~4年まで勉強・運動ができない普通の学生だった。

しかし5年~6年生の時、教師からのイジメが始まる。

何が気に食わなかったのか真相は闇の中だけど
生徒を虐めるのが楽しくてたまらない教師の役立っていたと思う。

事あるごとにクラスメイトを使っていじめてくる
小学生は善悪の基準が曖昧な事が多いから
一度や二度なら良いけど「いじり」と思っていた事でも僕は不快と思っていた。

一番ひどかったのは給食を食べさせてもらえない事だよね。
給食が終わる5分前くらいに給食が返されるわけだけど
全ての給食が全て混ぜられてる時もあった。

親に助けを求めていた気がするけど、何もしてもらえなかった。

しかし一部の生徒が別のクラスの担任に相談してくれたり色々たすけてくれた。
今思い返すと色々助けられて生きているな‥と思うよね。

しかし、今おもうと自分もいじめをしてたから
自分がやった事は巡ってくるのか‥と痛感している。

改めて日頃の行いは大事だな!と最近思う

小学生の時の卒業アルバムを見返すと卒業文集に書いてあった
将来の夢は「野球選手になる」「社長になる」でした(笑)

中学

中学は小学にくらべたら
特段なにもなく平和な生活。

まぁ勉強と運動は出来ないままで
テスト成績は最下位争いを毎回していた。

勉強しても覚えられなくて面白くないから

中学1年生の時点で勉強から卒業して
ノートを書き写すだけの時間を過ごしていた。

部活は運動が苦手なのもあって吹奏楽部に入部。

同級生の男は0!回りは女性!人生最大のモテ期を過ごしていた。
(いや、単純に女性が周りにいただけだった)

まぁちやほやされたのも1年間だけで2年生になったら
ダラダラしちゃって部活内で内戦も起きたりして2年生の半ばで退部。

何故か陸上部に入部するも3日で練習に飽きて
ほぼ帰宅部のような生活をしていた。

中学時代で自分の人格構成の軸となる

  • 女性と話す方が気が楽
  • 転職癖

の二つが確立した感じがある。

高校

ヤンキー高校に入学。
半年ほどマイルドヤンキーを経験。
謹慎処分を受けてから絡んでいた仲間と縁を切る。

そこからは部活(バドミントン)+道場に通う毎日。

高校生で始めたバイト1ヶ月目で責任者に「辞めてくれないか?」と言われクビになる。
そこからバイトを転々としたけど「楽しくない!」って理由で長続きしなかった。

大学

大学でバドミントン部に1日だけ体験。
圧倒的レベル差に1日で入部を断念して暗くなった大学キャンパスで泣いてから帰宅。

サークルに入る事なく、道場に週5で通い始めた。
が!!稽古相手になる人がいない状況だったため指導する事が多かった!

諦めて稽古相手を指導する考えになったけど自分も未熟だから上手くいくはずもなく悪戦苦闘。
なんとか稽古相手が出来てきた!って頃には大学4年になっていた。

諦めてバイトを頑張ればよかった!と思うが
「お金を稼いでも何もしたい事がない!」って考えがあったのに加えてバイトは苦行でしかない。

バイトなんて続くわけもなかった。

就職活動が迫って焦ってバイトを始めるが2ヶ月ほどでクビ。
仕方ないので、短期バイトで稼ぎつつ就職活動をするが
40社ほど面接して全部ダメで心が折れた。

大学卒業が迫って来た時に武道家になろう!って思い立ち就職活動を辞め
合気道の道場に通い詰めになる。

しかし!!この選択が悲劇のはじまりだった。

社会人

僕は社会の底辺だった

新卒採用の特権がなくなるけど
「武道家になる!自分の道場を持つんや!」
と考えていたから気にしていなかった。

2年ほど合気道の道場に通い詰めて冷静になって考えてみたら
世間から見たら僕はフリーターとニートを行き来する人間。

同時に道場に通うだけでは、生活が出来ない事に気づく。

バイトも変わらずクビになったり長続きしなかったりで貯金が無くて
生活はカツカツ。遊びに行く事なんて出来ない状況だった。

道場では、子供の指導もしていたが「こんなニートなのに何が指導者だ‥」と考え始めてから道場にすら行く回数が減り本物のニートになっていった。

そして!ここから先更に墓穴を掘っていくことになる。

社会の沼の底に落ちてゆく

初めて23歳でアムウェイで借金生活スタート。
当時の僕は「犯罪以外で稼げるなら良いか」と思っていた。

しかし、ネットで言われていた通りに友達が消えていった。
という事で

  • 40万ほどの借金を作り
  • 友達が数人消えて
  • 人と群れるのがトラウマになった

そして、アムウェイ生活が終わった。

そこからネットで怪しげな稼ぎ方を5個くらい試して
借金は雪だるま式に100万ほど増えていった。

‥その後、三十路になってから再び200万の借金を背負う事になる。

家族の状況を変えるために稼ごうとしたのにバカにされた

母が体が歩行困難気味、はブラック企業勤め。
加えて、僕は社会不適合者。

「普通に生きていたらダメだ‥」

って事で副業を始めた。

ネットの口コミを見ないで始めたのも問題だったけど
アムウェイを初めてから応援される事もなく

「辞めろ」
「馬鹿じゃねえの」

誰にも応援されない事で「誰にと関わる事なく生きていこう」と考えるようになってた。

初めての正社員生活を始めるも半年で辞職

元々バイトとして入社するつもりで入った会社で正社員になっていた。
手違いとはいえ、借金返済生活は続いていたから助かった。
借金もあったとは言えので 11時間の拘束時間で働いて正社員生活は苦痛だった。

半年勤めている間に借金完済。
完済した次の日から更に仕事に行くのが苦痛になり
気づいたら漫画喫茶に足を運んでいた。

「明日は出社しよう‥」と思い次の日を迎えるが次の日も出社できなかった。

結果:1週間休んだのち退社することになった。

30歳でフリーター生活へ

三十路でフリーターは痛い!と思っていたけど
いざ!自分がフリーターになってみると以外に慣れる。

この「慣れる」が恐ろしい。周りの視線が気にならない。
きっと、一生フリーターなのかな‥と思うこの頃である。

2021年追記】また借金生活

30歳でFX自動売買を初めて人生2度目の借金をする。

稼ぎ方だけなら一番理想としていた稼ぎ方で
ほぼ、何もする事なく金が増えていく。
‥ただ簡単すぎて無理をしたら金が無くなるわけですよ。

クレジットカードから入金していたけど
気づいたら限度額いっぱいまで借りて入金していたから
いよいよもって支払いが出来なくなって債務整理をした。

で‥今は相変わらずフリーターをしながら
返済しているわけですね‥

【さいご】戦略ない行動は無謀

色々やってみて思いました。

行動すれば良いものではなく戦略を考えて行動しないといけないようですな。
リスクを背負っても成功するとは限りません。

三十路になって初めてリスクを取らないようにして
人生を変える方法を模索するのを覚えました(笑